枕経とは皆さんよくご存じのように、人が亡くなって最初に枕元で唱えるお経と理解されています。コーマ(coma)とは昏睡状態のことをいいます。
最近の研究では、昏睡状態にある人はこちら側の呼びかけなどに対して気が付かないような僅かな反応を示すことがよくあるといわれています。その僅かな反応に応じることによって昏睡状態にある人とコミュニケーションを取ることができるようになり、実際の治療現場では、この方法によって昏睡状態から覚醒(めざめ)に至る人も現れているそうです。
実際の手順では、まず「呼吸」に注目して、コーマの人の呼吸に合わせて耳元で再現したり、呼吸に合わせて手首に軽く触れることを行うと、コーマの人はそれに反応を示すようになります。呼吸やうめき声あるいは筋肉の動きなどに変化が生じたら、それに反応を返すことでコーマの人はコミュニケーションに気が付くケースがよくあるといわれています。これをコーマワークといいます。
コーマの人が覚醒した後で、「自分に呼びかける声は聞こえていたのに、それに対して応答できなかった。そうしたら何も意識がない人のように扱われた。」といったことを語るケースも報告されています。しかし、コーマワークは覚醒させることが目的ではなく、コーマの人が穏やかに自然の状態で次の過程に移ることをサポートするものです。
ここで思いつくのが枕経です。本来の枕経とは、死亡が確認された後ではなく、昏睡状態に陥った人の傍で唱えるお経のことです。お経を聞かせることによって昏睡状態の人は安心して極楽浄土に行けると感じるのです。日本の仏教で、いつごろから枕経が行われていたか分かりませんが、これこそ今でいうコーマワークです。
コーマワークは最近になって欧米で注目されてきましたが、仏教では昔から一般的に行われてきた方法です。ところが残念なことに、枕経は今では死者の前でするのが当たり前になってしまいました。さらに都会では枕経を行わないのが一般的になりました。これは枕経に意味がないという判断ではなくて、お葬式の簡略化が原因です。
臨終を前に、枕経が行うことはとても大切なことなのです。しかし昨今病院で臨終を迎えることが多くなり、僧侶はそこに立ち会うことは不可能に近い状態になりました。多くの病院がそのような行為を認めていないからです。
しかし、大切な人が亡くなるのを前にして、枕経を唱えることができたなら、本人もその家族も心が癒されるのではないでしょうか?
十輪院 住職 橋本純信
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