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こころの便り
2010/05/11
神仏習合(しんぶつしゅうごう)

日本人は無宗教の人が多いと言われますが、初詣やお宮参りは神社へ、葬式や先祖供養は寺で、結婚式はキリスト教で行うひとが多い。無分別というか住み分けというか、状況に合わせて使い分けています。外国人から見れば、実に不可思議な人種に見えるらしい。

 

普段、仏壇で先祖を祀り、菩提寺があり、墓もその寺にあるのに、亡くなった人がキリスト教を信奉していたので、キリスト教会で葬式をし、遺骨は寺の墓地に埋葬し、以前と変わらず寺に供養を依頼している人もいます。これには日本人でもあいた口が塞がらないといったところです。

 

この特異な実例はさておき、日本には八百万(やおよろず)の神々が存在するとされています。また、仏教には三千の仏がいると言われています。日本人は多神教を信じる民族で、一神教の欧米諸国とは宗教感が大きく異なっています。

 

西洋の考え方が浸透している我が国では、どれかの宗教一つに絞れとよく言われますが、古来、日本人は神道と仏教を共存させて来ました。

 

飛鳥時代に曽我氏と物部氏との崇仏派・排仏派の権力争いがありましたが、それ以来、明治元年(1868年)の神仏分離令までの約1300年近く共存共栄でやってきました。

 

私たちはいま、神社と寺はまったく別々の宗教として捉えていますが、これは上記の明治政府の政策によって分けられた結果です。長い間、神道と仏教は混ざり合って日本独特の宗教文化を作り上げていました。奈良時代には「神宮寺」という名の寺が建立され、また神に菩薩号を付した八幡大菩薩という像も造られました。平安時代からはこのような考え方が広まり、神々は仏たちが化身として現れているとする権現(ごんげん)思想、いわゆる本地(ほんじ)垂迹説(すいじゃくせつ)が広く流布していきました。

 

今でも寺には鎮守の神様を祀っています。境内に鳥居があるのは珍しくありません。当山では、鎌倉時代の石の祠(ほこら)に伊勢大明神と春日大明神をお祀りして、般若心経をお唱えします。

 

このように日本の歴史にあっては、神仏が混淆して崇められてきました。最近ではキリスト教をも取り込もうとしているようです。欧米からは無節操と見られるかも知れませんが、これが日本人であって、また仏教の持つ独特の思想の影響によるものと言えます。

 

最近では、神社と寺が合同で参拝コースを作っているところもあります。今年は平城遷都1300年で、5月9日には、平城宮跡の大極殿前で、多くのの僧侶と神官たちによる合同の「平和への祈り」が催され、私も参加しました。今後はもとの神仏習合に回帰していくのかも知れません。

十輪院 住職 橋本純信