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こころの便り
観音経
般若心経とともによく唱えられるお経に『観音経』があります。観音菩薩の功徳を説いたもので、観音霊場に行くとこのお経を唱えている参拝者をよく見かけます。

しかし、このお経は初期の大乗経典とされる『法華経』の第25章「観世音菩薩普門品」を独立させたもので、最初からこの名の経典があったわけではありません。

観音菩薩は多数のほとけ様の中でも最も古くから、また多くの人々に信仰されてきたうちのひとりです。日本だけでなくインド、中国でもさかんに崇拝されました。

インドでは観音菩薩は火難、水難、獣難などから身を守る力を持つとされ、中国では亡父母の追善など祖先崇拝時にも崇められるようになりました。

日本にはいつ伝来したかは定かではありませんが、飛鳥、白鳳時代にはかなりの数の観音菩薩が造立されています。国家安泰、現世利益の目的で信仰されてきました。とくに庶民の間では、現世利益の面が好まれ、生きている我々に恵みを与え、願い事を聞いてくださる慈悲深いほとけ様として、中世以降さかんに祀られるようになりました。

観音菩薩は三十三の姿に変化(へんげ)されることから、たくさんの観音霊場を参拝して多くのご利益を得ようとして、西国、坂東、秩父などの三十三ヶ所霊場巡拝が行なわれるようになりました。

『観音経』のなか、最後の偈文(五句ずつの韻文でほとけの徳を称えた文章)には観音菩薩の力を念じたら観音菩薩はどんな災難や困難な事でも救済し、闇路を照らし、慈悲の眼でわれわれを見守ってくださる、ということが簡潔、明瞭に述べられています。

私は法要や法事の時にいつもこの『観音経』偈文と『般若心経』を参列者と一緒に唱えます。『般若心経』に比べて『観音経』のほうが理解しやすいです。ちなみにどちらのお経も主人公は観音菩薩です。

参列者は一生懸命、私の後について慣れないお経を唱えます。終われば、お経を唱えたという充実感とこれからも時々唱えなければという信仰心が私には見て感じられます。が、しかし、今度唱えるのは何年か後の法事の時でしょう。

日本では経典を読む習慣が定着しませんでした。その点はキリスト教のバイブルやイスラム教のコーランと大きな違いがあります。

最初からそうであったのか、今でも漢文のまま唱えます。奈良時代と全く変わりません。ここにこの現代の世間から隔離された仏教経典読誦(どくじゅ)の習慣の致命的な欠点があります。日本語訳を聖典と見なさなかったことが大きな原因です。

みなさん、これに懲りずに機会あるごとにできるだけお経をお唱えください。お経は素晴らしい文学作品でもあるのですから。