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こころの便り
修行生活
先月の法話「コクゾウムシ」にいろんな反響を頂きましたので、今回はもう少し詳しく修行中の生活を皆さんに知っていただこうと思います。閉ざされた世界での1年間の生活は、精神状態を大きく左右するものでありました。

醍醐寺は京都市の南西に位置し醍醐山を含めて広大な境内を有しています。そのふもとの一番奥まった所、鬱蒼とした木立の中に「伝法学院」という修行道場があります。毎年、20名前後の僧侶志願者が集まって来ます。

私の入った年には全国各地から22名が入学しました。年齢は17歳から31歳まで、学歴、経歴は様々です。これから1年間協調性が保たれるかどうかお互いまず顔を見合わせて少しの不安がよぎります。

寮は廊下をはさんで左右に六畳間が5室づつ、1室2名が起居を共にします。窓には縦格子が入り、薄暗く、もし部屋に鍵でも掛かればまるで囚人の監獄そのものです。出入り口には監視役のような年季の入った賄いのおばさんが陣取っています。

1日が始まりました。当番はまだ暗い中、朝5時に鐘楼の鐘を撞きます。全員起床。あわただしく洗顔、着衣を済まし、前庭に整列。「れつ!」の合図と共に一列縦隊で一糸乱れぬ行進。5時30分、お堂に入り、正座して朝の勤行が始まります。約1時間の正座はかなりこたえます。

朝の勤行が終われば、当番はすぐに朝食の準備に取り掛かります。7時30分、衣に袈裟を着け、板間に正座し食事(じきじ)作法の経文を唱えて、ようやくたどり着いた朝食がお粥一杯、味噌汁一杯、香の物とお茶。お腹の中は水腹状態です。

あっという間に終わり、すぐに「別行」という掃除が始まります。廊下、便所、風呂、教室、主管室、玄関など全ての所を毎日磨き上げます。

一息入れたと思えば、9時から朝の講義です。小さな机に1時間30分の正座で、居眠りなどは緊張と講師の鋭い視線で想像する余裕もありません。勤行より辛いかも知れません。

11時、昼の勤行に入ります。朝と同じく一列縦隊で入堂。扉が閉められ、ほのかなローソクの明かりの中で慣れないお経に目を凝らしながら一心に読誦します。小1時間のお勤めが終わり、いよいよ中食(昼食)。

12時、朝の水腹はとっくに背中とお腹がくっ付いた状態です。朝と同じような食事作法を済まして頂くのですが、コクゾウムシの入ったご飯一杯、精進のおかず一品、香の物、お茶でお茶だけお代わりが出来ます。

午後1時から2時間の講義開始、3時から4時まで別行。諸堂、庭の掃除です。少しの自由時間のあと、5時30分から非食(夕食)が始まります。メニューは昼と同じです。もともと僧は1日2食しか食べません。午後12時以降の食べ物は禁止されていました。それで「非食」と言います。

夕方のお勤めは午後6時から約30分です。7時から9時30分の消灯までが唯一くつろげる時間です。風呂に入る者、手紙を書く者、経文をひろげる者、雑談する者、そこには一日の休みない日課を叱られながらも何とかやり遂げた安堵感が漂っています。

私は今でも覚えていますが、最初の日の夜、床に入って一日のことを思い出してみると朝のことが2~3日前の出来事のように感じられました。とても長い一日でした。このような生活が1年間続きます。

途中、4ヶ月間は加行(けぎょう)といって勤行の変わりに特別の行を行ないます。一日3回約2時間づつお堂に篭り修法をします。この加行が僧侶になるために一番大切なものです。

しかし、夏休みもあります。一週間ですが自分の寺に帰ることを許されます。実習としてお盆の手伝いをしろ、というのです。

毎日の日課をこなすことも大変ですが、それ以上に気を使うのが人間関係です。閉ざされた世界の中で、年の違い、経歴の違いなどから様々な問題が生じます。これを克服するのも一つの修行かも知れません。

自分の体調維持にも気を使わないといけません。風邪をひけば寮監から「気が緩んでいるからだ」と厳しい叱責を受けます。下痢の時は大変です。勤行時、我慢が限界を超える時もあります。

1年間の異様ともいえる学院生活、入学時に誰かに、ここの生活は「囚人と同じだ」とか「真綿で首を絞めるんだ」と聞かされたことは案外当たっています。

入学時は22名だったのが、卒業時は18名でした。4名が脱落しました。1人は入学してすぐにいなくなりました。みんなが気が付かないままに。1人は身体が弱く、続けられませんでした。2回目のチャレンジだったのですが。1人は加行の前にいなくなりました。私と同室の人でした。彼は正座がまったく出来ませんでした。いつも脂汗を流して勤行していたのを覚えています。両手指の関節のところにいくつも豆を作っていました。最後の1人は最年長の人でしたが、ストレスが強く、加行中、言動がおかしくなり、目も据わってきて、続行不可能と判断させられ、下山しました。

いろんなことを経験した1年間は最初は苦しさ、辛さの連続でしたが、終わる頃にはそういった感じはなく、むしろ楽しんで毎日を過ごしているような生活でした。

今、その時のことを振り返って書いていますが、鮮やかに当時の記憶が蘇ってまいります。貴重な経験をしたと思っています。それは自分の自信に繋がっているような気がします。