海洋散骨供養料

「一切の生きとし生けるものは幸せであれ。また一切の生きとし生けるものに対し、無量の慈しみの心を起こすべし」。これは釈尊の言葉(出典=スッタニパータ)です。仏教の精神は万人が平等であるべきで、すべての苦しみ、困難は分かち合うべきであるとされています。

 

「自分も他の者も皆幸福になりたい、互いに仲良くしなければ幸せに生きることはできない」という想いは慈・悲・喜・捨という『四無量心』の言葉で表されています。即ち、人を慈しみ、苦を取り除き、人が楽を得ているのを喜び、そして自他共に差別のない平等な心を持ち続けることであります。

 

最近の世の中は格差社会といわれ、弱者がますます窮地に追いやられています。中でも生まれつき、あるいは人生の途上で心身に障害を被るというハンディキャップを背負った人たちは、健常者の何倍もの困難を克服して生きて行かねばなりません。

 

そのような人たちが、先の長い人生を送るうえで、将来に対して希望を失わず、社会の中で少しでも期待されているという共生の自覚を持てるような世の中にすることが求められています。生きているすべての人々の幸せを追求するのが本来の仏教の教えです。

 

一方キリスト教には「すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される」(出典=ルカによる福音書『新訳聖書』)という言葉があります。 この精神は『ノブリス・オブリージュ』という表現で欧米の社会では一般的になっています。ゆとりある人が社会奉仕活動をするのは自明のこととされ、そのような活動をしない方が異端とみなされます。貴族制度や階級社会が残る国では、上流階層にこのノブリス・オブリージュの考え方が半ば義務として広く浸透しています。

 

これからの仏教界が広く社会に奉仕する存在として認められるためには、釈尊の言葉を思い起こし、自らそれらを具体的に実践していくことが必要とされます。 小さな一寺院でできることは微々たるものでしかありませんが、当山では平成19年度に県下の障害者福祉施設への助成を目的として、標記の福祉基金を設立いたしました。 社会的困窮者は他にも多く存在しますが、この基金は今まで当山とご縁の少なかった障害者の方々を対象とさせていただきたく存じます。

 

更には、ご縁を結ばせていただいた施設の障害者の方々との交流にも積極的に取り組んで参ります。 この福祉基金が、障害者だけでなく誰もが人格と個性を尊重し、互いに支えあう共生社会の実現の一助となれば、当山として大きな喜びとするところであります。

 

社会奉仕事業の一環として平成18年4月に開設いたしました『みんなのお寺 十輪院仏教相談センター』には人生相談・仏事相談、そのほか様々な目的で老若男女を問わず多くの来訪者があります。誰もが気軽に立ち寄れる、開かれた新しい形の『こころの拠り所の寺』として、これからも運営していく所存です。

宗教法人 十輪院 代表役員 橋本純信(十輪院障害者福祉基金管理者)